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デーブ・スペクターのその他の本【書評一覧】 > いつも心にクールギャグを
作品名: いつも心にクールギャグを 作家名: デーブ・スペクター ジャンル: ツイッターまとめ 笑:☆☆☆☆☆★★★★★ 楽:☆☆☆☆☆★★★★★ ス:☆☆☆☆☆★★★★★ 危:☆☆☆☆☆☆★★★★ デーブ・スペクターのその他の本 |
2011年6月26日(日)の読売新聞朝刊に、この本用に書いた寸評が載りました。書評サイトの<本が好き!>から新刊の書評の依頼をいただいて書いたものです。
掲載されたのは以下の文章。
僕らが沈痛な面持ちで「不謹慎」と「自粛」をスローガンにしていたころ、彼がツイートし続けた数々のダジャレは少しだけ僕らの心を軽くしてくれた。震災後に投稿されたデーブスペクターのツイート一覧。
後日この寸評に加えて以下のような書評を書きました。
「なぜここで」
「場違いな」
「空気が読めない」
これらの言葉を形容詞として用いた場合、いずれもテレビにおけるデーブ・スペクターの位置づけを明確にあらわす言葉となる。
ピントのずれたコメント、空気の読めていないダジャレ等々。
少なくともテレビを見た我々が彼に抱いている印象は、いったい何の目的でキャスティングされてしまったのだろうという大きな疑問なのであり、つまり、いかなるシチュエーション下においても発揮される、ある意味安定感のある場違いさが彼にはあるのだ。
しかし意外な事実ではあるが、彼のそんな場違いさ、空気の読めなさがごく一部の人たちを救った瞬間があった。
2011年3月11日。
あの日の震災をうけ、日本中が沈黙した。
テレビは絶え間なく24時間凄惨な光景を流し続けた。
ようやくCMが流れるようになったかと思えば、こだまでしょうか?いえ、ぽぽぽぽーん♪、延々と公共広告機構のCMが流れ続けた。
その光景はあまりにも想像していたとおりの「終末」の図とそっくりで、僕らは息つく余裕もなく、沈痛な気持でテレビ画面を眺め続けるしかなかった。
インターネット上もまた同じだった。
あらゆるサイトが更新を自粛し、できたとして「お悔やみ」のコメントをするばかりだった。
いかなる下世話なサイトでさえそうだった。下世話なサイトがどんなサイトかは、詳しくは言わないけれど。
ネット上のニュースはいずれも被害状況と余震を告げる見出しがずらっと並んでいた。
僕らは誰と確認しあうでもなく、「笑う」なんて許されないことだと思っていた。
沈痛な面持ちでいることがゆいいつ、被災地に対してできることなのだと信じていた。
「自粛」「不謹慎」なんて言葉は実際に口にしなくたって、暗黙のうちに誰もが心に抱いていたのだ。
ただみんな怯えていた。
恐らく2度と「日常」なんて返ってこないのではないかと思っていた。
そんな頃の話だ。
正確にいつの話だったかは思い出せないが、そんな暗たんとした見出しが躍る中に、とんでもなく場違いな見出しが紛れ込んだことがあった。
「○○地方に震度5の余震」「○○地方の被害絶大」などの見出しの中にこのような見出しが紛れ込んでいたのだ――
「デーブ・スペクター氏のツイッター、ダジャレで人気に」
目を疑った。
なぜここでデーブ・スペクターが、なんて場違いな、なんて空気が読めていない。
そしてそのニュースにつられてデーブ・スペクターのツイッターを覗きにゆくと、そこにはニュースに出てくるキーワードにかけたダジャレ、ジョークが次々とツイートされていた。
「こういう時こそ、オチが付く=落ち着くことが大切です」
「この時期こそよく『空気を読め』と言われますが、空気は吸うものだと思います」
「何でもかんでも自粛するのは自粛したい」
しかし実はあの時、彼のこの空気の読めなさに救われた人は少なくない。
たしかにしょせんダジャレはダジャレだ。
心から可笑しいかというとそうでもないのだ。
ただ、あの暗たんとした空気のなかで、彼の空気の読まなさは僕らの心をほんの少しだけ軽くしてくれた。
少なくとも、そうか別に笑ってもいいんだよな、そう思わせてくれる軽やかさがあった。
そしてその思いは、「日常」が返ってくるかもしれない、といううっすらとした光明でもあった。
さて、本書「いつも心にクールギャグを」は、震災直後の12日からデーブ・スペクターがツイッター上でつぶやき続けたダジャレ、ジョークを1冊の本にまとめたものだ。
本書のあとがきによると、震災後にツイートを続けるのには、やはりある程度の決心必要だったという。
「中断する選択肢もあった。でもそれでは、好きではない『自粛』に服従することになってしまう」
そして「悲しい思いをしている地域の皆さんや、全国にいて共感してくださる皆さんを、ほんのわずかでも励ましたい」という思いでダジャレツイートを続けたのだそうだ。
そういえば3月12日、震災の翌日の彼のツイートにこのようなものがあった。
「ユーモアがあれば、辛い時でも電気を使わずに世の中を明るくすることが出来るから」
空気を読まない男デーブ・スペクターは、あの状況下にこのような思いを抱いて、まったくもって場違いな、それゆえにみんなの心をほんの少しだけ救ったつぶやきをし続けたのだ。
そんな彼の思いを知った上で、改めて本書に掲載されたダジャレツイートを見てみたい。
「大阪の人に『夏場の電気は大丈夫?』と聞いたら、『送電なあ』と答えられた」
「総理の肩や腰にいますぐ貼りたい→リーダー湿布」
「こんなときにやめてほしい政治決断→内閣総自粛」
どうだろうか。
どれもくだらないジョークばかりなのに、不思議と涙がこぼれて…。
いや、さすがにそれはないです。
ごめんなさい、いいすぎました。
「場違いな」
「空気が読めない」
これらの言葉を形容詞として用いた場合、いずれもテレビにおけるデーブ・スペクターの位置づけを明確にあらわす言葉となる。
ピントのずれたコメント、空気の読めていないダジャレ等々。
少なくともテレビを見た我々が彼に抱いている印象は、いったい何の目的でキャスティングされてしまったのだろうという大きな疑問なのであり、つまり、いかなるシチュエーション下においても発揮される、ある意味安定感のある場違いさが彼にはあるのだ。
しかし意外な事実ではあるが、彼のそんな場違いさ、空気の読めなさがごく一部の人たちを救った瞬間があった。
2011年3月11日。
あの日の震災をうけ、日本中が沈黙した。
テレビは絶え間なく24時間凄惨な光景を流し続けた。
ようやくCMが流れるようになったかと思えば、こだまでしょうか?いえ、ぽぽぽぽーん♪、延々と公共広告機構のCMが流れ続けた。
その光景はあまりにも想像していたとおりの「終末」の図とそっくりで、僕らは息つく余裕もなく、沈痛な気持でテレビ画面を眺め続けるしかなかった。
インターネット上もまた同じだった。
あらゆるサイトが更新を自粛し、できたとして「お悔やみ」のコメントをするばかりだった。
いかなる下世話なサイトでさえそうだった。下世話なサイトがどんなサイトかは、詳しくは言わないけれど。
ネット上のニュースはいずれも被害状況と余震を告げる見出しがずらっと並んでいた。
僕らは誰と確認しあうでもなく、「笑う」なんて許されないことだと思っていた。
沈痛な面持ちでいることがゆいいつ、被災地に対してできることなのだと信じていた。
「自粛」「不謹慎」なんて言葉は実際に口にしなくたって、暗黙のうちに誰もが心に抱いていたのだ。
ただみんな怯えていた。
恐らく2度と「日常」なんて返ってこないのではないかと思っていた。
そんな頃の話だ。
正確にいつの話だったかは思い出せないが、そんな暗たんとした見出しが躍る中に、とんでもなく場違いな見出しが紛れ込んだことがあった。
「○○地方に震度5の余震」「○○地方の被害絶大」などの見出しの中にこのような見出しが紛れ込んでいたのだ――
「デーブ・スペクター氏のツイッター、ダジャレで人気に」
目を疑った。
なぜここでデーブ・スペクターが、なんて場違いな、なんて空気が読めていない。
そしてそのニュースにつられてデーブ・スペクターのツイッターを覗きにゆくと、そこにはニュースに出てくるキーワードにかけたダジャレ、ジョークが次々とツイートされていた。
「こういう時こそ、オチが付く=落ち着くことが大切です」
「この時期こそよく『空気を読め』と言われますが、空気は吸うものだと思います」
「何でもかんでも自粛するのは自粛したい」
しかし実はあの時、彼のこの空気の読めなさに救われた人は少なくない。
たしかにしょせんダジャレはダジャレだ。
心から可笑しいかというとそうでもないのだ。
ただ、あの暗たんとした空気のなかで、彼の空気の読まなさは僕らの心をほんの少しだけ軽くしてくれた。
少なくとも、そうか別に笑ってもいいんだよな、そう思わせてくれる軽やかさがあった。
そしてその思いは、「日常」が返ってくるかもしれない、といううっすらとした光明でもあった。
さて、本書「いつも心にクールギャグを」は、震災直後の12日からデーブ・スペクターがツイッター上でつぶやき続けたダジャレ、ジョークを1冊の本にまとめたものだ。
本書のあとがきによると、震災後にツイートを続けるのには、やはりある程度の決心必要だったという。
「中断する選択肢もあった。でもそれでは、好きではない『自粛』に服従することになってしまう」
そして「悲しい思いをしている地域の皆さんや、全国にいて共感してくださる皆さんを、ほんのわずかでも励ましたい」という思いでダジャレツイートを続けたのだそうだ。
そういえば3月12日、震災の翌日の彼のツイートにこのようなものがあった。
「ユーモアがあれば、辛い時でも電気を使わずに世の中を明るくすることが出来るから」
空気を読まない男デーブ・スペクターは、あの状況下にこのような思いを抱いて、まったくもって場違いな、それゆえにみんなの心をほんの少しだけ救ったつぶやきをし続けたのだ。
そんな彼の思いを知った上で、改めて本書に掲載されたダジャレツイートを見てみたい。
「大阪の人に『夏場の電気は大丈夫?』と聞いたら、『送電なあ』と答えられた」
「総理の肩や腰にいますぐ貼りたい→リーダー湿布」
「こんなときにやめてほしい政治決断→内閣総自粛」
どうだろうか。
どれもくだらないジョークばかりなのに、不思議と涙がこぼれて…。
いや、さすがにそれはないです。
ごめんなさい、いいすぎました。
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劇団ひとりの小説【書評一覧】 > 青天の霹靂
いやー、読売新聞に寸評が載っちゃいました。11年6月26日(日)の朝刊にわがブログ名が載っちゃってます。デーブスペクターの新刊の広告みたいなやつだったんだけど、自慢です。読売購読者の方はぜひくまなく探してみてください。
さて、劇団ひとりの小説第二段、「青天の霹靂」。
「陰日向に咲く」がとてもよかったので、文庫化を待つことなくブックオフで見つけた際に迷わず購入。
主人公は轟晴夫。35歳、金なし夢なし恋人なし。ちっぽけなプライドばかりが高い典型的なだめなやつだ。
場末のマジックバーで売れないマジシャンをしている。
同じバーでかつて一緒に働いていた後輩は今ではテレビで人気者になっていて、そんな後輩の姿を小ばかにしながらも、心のどこかでずっとうらやましくおもっていた。
そんなあるとき、警察から電話がかかってくる。
その用件は、17で家を飛び出してから会っていない父親の訃報の知らせだった。
父子家庭で育った晴夫にとって唯一の家族だったが、飛び出して以来どうしているかも知らなかった。
警察によるとどうやら父はホームレスをしていたらしい。
晴夫は警察から聞き、父が亡くなった場所に行った。
そしてそこで父の本当の思いに気づき、親を捨てたばかりでなく、ろくな人間にさえなれなかった自分の親不孝を激しく後悔する。
そんな折、青天の霹靂が晴夫を打った…
やはり劇団ひとりはダメなやつを描かせると抜群にうまい。
自分は世界の主役で、まさか自分は「普通」になんかならないだろうと信じて生きてきて、今はなんでもないやつかもしれないけれど、いつか一冊の本かなんかと衝撃的な出会いをしてスペシャルな人間になるものだと信じていた。
それがいつの間にか年をとっていて、そんな特別な出会いがあるわけでもなく、「普通」になんかなるもんかと思っていたスペシャルなはずの自分が、「特別」どころか「普通」にさえ遠く及ばないことに気がついている。
そんなやつのくせに、というかそんなやつだからこそ、ちっぽけなプライドが高い。
後輩と好きな女に肉体関係があるのかが気になってしかたないのだけど、どこまで関係が進んでいるのかを尋ねるのにいちいち「鼻毛の処理」をすることで自分なりの「余裕」を演出しなければならない。
そんなダメさゆえに過剰なまでの自意識を抱えた主人公のキャラクター描写が、抜群に可笑しいのだ。
しかし惜しむらくは、物語が進んでいくにつて、そんなダメなやつの魅力がどんどん描かれなくなってゆくところだ。
物語は途中からテーマが<家族愛>みたいな方向に固まってゆく。
それはいいのだけど、その方向に進むにつれて、主人公のダメ人間な魅力が「後悔」の一言で片付けられてしまっているように見える。
それはまるで、映画「ドラえもん」でのび太が急に勇敢になってしまうのを見たときの感じに似ている。
もっとダメなやつのダメっぷりで笑わせてほしかったなと思う。
あくまでも小説を読んで笑いたい男の感想だけど。
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