笑える本を読もう! >
伊坂幸太郎の小説【書評一覧】 > グラスホッパー
元教師の主人公鈴木は、殺された妻の復讐を果たすべく、非合法の薬物を売る会社《令嬢》で働いている。
というのもその会社の社長、寺原の息子が妻の敵だったのだ。
そのため鈴木は《令嬢》内部に潜入し、寺原の息子に復讐を果たすタイミングをうかがっていた。
しかしそんなあるとき、鈴木の目の前で寺原の息子は車に轢かれて死んでしまう。
どうもその背後には、人の背中を押してその人物を消すという、業界の中でも都市伝説とされる「押し屋」が関わっていたらしい。
その「押し屋」をめぐり、物語は動きはじめる。
さも当たり前のように存在する非・合法な世界。
一般人にドラッグを売る会社、人を消すための会社、そしてそれらを補助する下請け会社。
そんな裏社会を舞台に、物語は「鈴木」「蝉」「鯨」3人の視点を交互に入れ替えながら描かれていく。
裏社会を舞台にいているだけあって、出てくる奴らがとにかく全員悪人。
とはいえそれは浅田次郎の「きんぴか」に代表されるような、いわゆる悪漢小説(ピカレスク)とは違う。ピカレスクの魅力はいわゆるヤクザものの「義理」とか「人情」といった美徳の上に成り立つものだと思う。
しかしこの『グラスホッパー』に描かれる裏社会は、言い方に語弊があるかもしれないけど、もっと「都会派」のソフィスティケートされた裏社会なのだ。
つまり義理や人情が一切介入しない、冷徹な悪人たちしか登場しないのがこの小説なのだ。
語り手の一人「蝉」はナイフにより人を殺し、「鯨」は催眠術の要領でターゲットを自殺に追い込む。どちらも名うての殺し屋だ。
彼らの殺人の目的はあくまでも「仕事」であり、情によって左右されることはない。
また、殺人以外を遂行する「劇団」や「拷問屋」たちも、すべて「仕事」の上に成り立っている。
このように、「悪人」たちの人の人をあやめるための理由が「仕事」というところに、ひやりとした温度のない怖さがある。
そんな中で、主人公鈴木は恐らくもっとも読者に近い感覚を持った人物と意図されて描かれている。
もっとも彼もまた罪もない人たちに非合法な薬を売るのを生業とする「悪人」ではあるのだが、彼の悪事には「妻の復讐を果たすため」という大義名分が与えられている。
おそらくこの1つの動機付けが、この小説に登場する人物の中で唯一読者が共感しうる真っ当さとなっている。
それは逆にいうと、他の登場人物の殺人動機には共感できる部分が1つもないということにもなるんだけど。
ストーリーはシリアスだけど、セリフ回しがいちいちユーモラスで可笑しい。
そのユーモアが、不条理なほどに人が殺されるこの小説の辛さを和らげている気がした。
いやむしろセリフだけを辿るとかなり笑える部分もあったと思うのだけど、物語の緊張感がそれを感じさせないほどすごかったのかもしれない。
ユーモアと緊張のせめぎあい。
あとどうでもいいけど、登場人物がたびたび引用する「ジャック・クリスピン」なる人物の引退の一言がよかった。
PR
SHARE THIS!!! |
Recommend
松尾スズキ (小説)
クワイエットルームにようこそ
中島らも (エッセイ)
中島らものたまらん人々
町田康 (エッセイ)
猫にかまけて
奥田英朗 (小説)
ララピポ
森見登美彦 (小説)
夜は短し歩けよ乙女
クワイエットルームにようこそ
中島らも (エッセイ)
中島らものたまらん人々
町田康 (エッセイ)
猫にかまけて
奥田英朗 (小説)
ララピポ
森見登美彦 (小説)
夜は短し歩けよ乙女
Sponsored Link