笑える本を読もう! >
松尾スズキの小説【書評一覧】 > 私はテレビに出たかった
作品名: 私はテレビに出たかった 作家名: 松尾スズキ ジャンル: 長編小説 笑:☆☆☆☆☆☆★★★★ 楽:☆☆☆☆☆☆☆☆★★ ス:☆☆☆☆☆☆★★★★ 危:☆☆☆☆☆☆☆★★★ 松尾スズキその他の小説 |
甘えてだらしなく休めばいいんです!待てば気づくんです。平気で生きりゃあいいことに!
【書評・あらすじ】
倉本恭一は真面目ひとすじに生きてきた。焼肉チェーン「肉弁慶」の人事部に20年勤め、趣味はこれといってなく、家族からも何が楽しみで生きているのかといぶかしがられるほどだった。
物語はそんな恭一が、自社CMの撮影に遅刻し、猛烈にダッシュしている場面から始まる。そのCM撮影とは、上司である部長の松川が持ち込んできた話で、自社CMを社員みずから出演して作るというものだった。恭一はそのCMへの出演をいやそうにしている松川に恩を着せるつもりで、自ら松川の代役を務めることを志願していた。その撮影に彼は遅刻しているのだ。結局恭一が撮影場所についたときには、リハーサルは終わっており、恭一の代わりに松川が出演することが決まっていた。そしてなぜか松川は恭一を怒るわけでもなく、なんならむしろそうなったことがとてもうれしいように見えた。
そのCM出演はそもそも上司に恩を着せるために引き受けただけの話だった。そのため本来であれば恭一はそうなってほっとするはずなのだが、彼には何か胸につかえたものが残った。そしてその感情はある疑念となり、そしてあるとき確信に変わる。―私はテレビに出たかった―
物語は、恭一がテレビ画面に映りこむために行う試行錯誤と七転八倒を主軸に、テレビ業界の人々が引き起こす数々の事件、妻の浮気疑惑、正義漢の娘と彼女を取り巻く不穏なできごとなどが交錯してゆく。
久々に松尾スズキの小説を読んだが、非常によかった。松尾スズキというと、ナンセンスとグロとアンモラルが混ざり合って最後はぜんぶ放り投げちゃうような展開の作品がしばしばあるが、この作品は驚くほど真っ向勝負の「小説」だと感じた。数々張られた伏線は丁寧に、しかも期待を裏切らない形で回収されるし、いい具合にサスペンスもあり、そしてさすがといったギャグが小気味よく放り込まれてくる。いい意味で松尾スズキ的でない作品だった。
特に印象に残るのは、うつ病で休職することになった山之内の送別会の場面だ。山之内は系列店舗の店長で、本社の人事に勤める恭一とは深い関係があったわけではない。そのため恭一にとっては特に何の思い入れがあるわけでもないのだが、恭一はその晩「酔っ払いのサラリーマン」としてバラエティ番組の街頭インタビューを受けることになっていたため、そこに出向きベロンベロンに酔っぱらう必要があったのだ。しかし到着した時点ですでにできあがっていた山之内は、よりによってそんな恭一をつかまえて身の上話を始める。それは休職することになったことへの嫌味でも愚痴でもなく、ただ恭一に耳の不自由な愛妻や心優しい息子への思いを語るのだ。
そんな話を聞いて、恭一は不覚にも胸を打たれてしまう。彼の家族愛に思わず感動してしまう。休職中に妻のために手話を勉強したいと語る山之内のやさしさに心を揺さぶられる。そして感動のあまり、まったく酔えない。素直に感動する自分を認めながらも、そのせいで酔えなければ、テレビに出られるチャンスを逃すことになるのだ。山之内が話せば話すほど感動する自分と彼を迷惑に思う自分の間で苦悶する恭一。泣きと笑いが同時に描かれることはあっても、「感動」そのものがギャグになるというのはほかであまり見たことがない。笑本的名場面だった。
ところで本作は『老人賭博』とリンクしていた。登場人物だけでなく、ストーリー自体もリンクしており、何なら本作の物語に影響さえ与えていた。続編というほどではないので別に『老人~』を読んでいなくても十分に楽しい作品だったが、すでに読んだ人はさらに楽しめることだろう。
PR
SHARE THIS!!! |
笑える本を読もう! >
松尾スズキの小説【書評一覧】 > 老人賭博
1年くらい前に松尾スズキの新作が出たことを知りつつ、ブックオフに流れてくるのをずっと待っていた。
それがとうとう発見。鹿児島ブックオフ事情も捨てたもんじゃないぜい(自転車で片道30分かかるけど)。
26歳、貯金はなく借金は200万。マッサージ師として密室でひたすら客のこりをほぐしながら、金子堅三は老人になるまでの残り数十年の退屈をなんとかしのごうとしていた。
しかし金子のもとに海馬吾郎がマッサージを受けにくることで、金子の人生に転機が訪れる。海馬は知名度のまったくない脚本家、監督にして俳優なのだが、金子は偶然彼のことを知っていて、なおかつ海馬が監督した唯一の映画のファンでもあったのだ。
そんなこんなでなりゆきで海馬の弟子っぽいものになることになった金子は、あるとき海馬に連れられて北九州市白崎のシャッター商店街で行われる撮影に行く。
シャッター商店街。その退屈な撮影現場では、喧嘩の勝ち負けから撮影のNG回数までもが皆の賭けの対象となっていた。
そんな撮影現場での一つの賭けの勝ち負けに奔走する人たちの悲哀(?)が描かれる作品。
松尾スズキに関しては『クワイエットルーム』や『同姓同名小説』での期待があまりにも大き過ぎたためか、この『老人賭博』ではなんだか肩透かしをくらっちゃったような気がした。もうちょっとめちゃくちゃな話を期待していたんだけど。
しかしまあ、細部はやはり松尾スズキらしく、かなりブラックで笑えるシーンがあったのでいっかな。上の2作のように特にすごいと思うようなことはなかったけど、逆にいうと読みやすい作品だったんではなかろうか。
なお、海馬のモデルは恐らく松尾スズキ自身で、序盤の小話ででてくる御手洗恭二は温水洋一がモデル。実は温水さんは劇団大人計画の創設メンバーでもあったのだけど、若かりし日に相棒の松尾スズキとの間にひと悶着あって以来絶交状態なのだ。というのも温水はあろうことか当時の松尾の女を寝取っており、松尾はそれ以来そのことをずっと恨んでいるのだ。そのときのことはエッセイでしばしば言及してあるが、この小説でもその話しがでてきたので、未だに恨んでいるのかとびっくりした。
ちなみに松尾スズキのツイッターによると、主人公金子のモデルは門手なる人物なのだそうだ(老人賭博の主人公のモデルになった門手って男が今臨時付き人をしてくれているのだが、「飲むと手術をした顔が腫れる」ってんで、店に連れてっても白飯ばかり頼む…松尾スズキのツイートより)。
さらになお、小説の舞台となる「白崎」は、北九州市の「黒崎」がモデル。たしかに黒崎は小説どおりヤンキーとヤ○ザの街で、駅前には巨大なシャッター商店街がある。このあたりいったいはもともとは工業で栄えていて、少なくとも10数年前までは商業施設なんかもあってにぎわったように記憶しているが、今では完全に飲み屋と風俗とドンキホーテの街になっている。この「過ぎ去った感」がなんとも味わい深いところだ。実は僕は学生時代に、この街にある黒崎マーカスというライブハウスによく立っていたので、けっこう思い入れのある街だったりもする。
なんにせよ松尾スズキは北九州出身なので、地元を舞台の小説になったんだろうね。松尾スズキの北九州に関する話は『星の遠さ寿命の長さ』に詳しい。
~~~~~~~~~~~追記(2013年2月16日)~~~~~~~~~~~
はい、ということで、上記の文章に思わぬ後日談がついたのでここに記しておきます。
なお、上の文章は2011年6月5日に書いたものです。ちょっと覚えといてください。
今日、街で2時間ほどつぶさなければならなくて、紀伊国屋で本を物色していたんです。
でこの『老人賭博』が文庫化されているのを見つけて「おー」なんて思いながら、しかしまあ単行本を持っているので、文庫版の解説だけ見てみようと立ち読みしていたわけです。
解説はミュージシャンで脚本家のケラリーノ・サンドロヴィッチ。かつてナゴムレーベルで大槻ケンヂを見出した人だったりするので、けっこう僕にはなじみ深い名前なんですね。
それで、おー、ケラさんどんな解説書いたんだろうとすごくわくわくしながら解説を読み始めたわけです。
ところが…なんというかその文章に凄い既視感を感じるんですよね。この解説の文章どこかで見たことがある。
でまあ、察しのいい方はお気づきのことと思いますが、なんとケラさんの解説にこの記事がそのまんま引用されちゃってるわけですよ。
さっき覚えておいてもらったように、この記事が先ですからね。
また、<白崎=黒崎>ネタや、「<海馬=松尾スズキ>なぜなら温水」というくだりなんかもそのまんま解説に使われている…。
ここに僕がかいたことがかなりの濃度でパクられ、いやもとい、「参考に」されているわけです。
びっくりしたけど、あのケラさんがこのページを見てくれたんだなーといううれしさと、あのケラさんが解説を頼まれて大急ぎで「老人賭博 あらすじ」とかいうキーワードでシコシコ検索したんだろうなという可笑しさで、もう許せちゃう。
そんなわけで紀伊国屋でこの解説を見てしまって、本当は単行本があるからいらないんだけど、驚きのあまり思わず文庫本買っちゃいました。
文章パクられたがために本を買っちゃうというとてもレアな形で、ケラさんの解説は見事1冊の売り上げに貢献したのでした。
せっかく買ったので、証拠写真。
赤で囲った部分がこの記事と同じ内容です。いやはやびっくりだね。
まずはこの記事冒頭のあらすじ。
そのまんま引用されてます。
そして温水と黒崎の話。
「いつか誰かに聞いたような気がする」ってそりゃこのブログを見たときにこの記事で知ったんだろうが!「半ば憶測と頼りない記憶で書く豆知識」ってそりゃ俺のセリフだ!ほっとけ!
そんなわけで、松尾スズキの『老人賭博』文庫も絶賛発売中!
SHARE THIS!!! |
Recommend
松尾スズキ (小説)
クワイエットルームにようこそ
中島らも (エッセイ)
中島らものたまらん人々
町田康 (エッセイ)
猫にかまけて
奥田英朗 (小説)
ララピポ
森見登美彦 (小説)
夜は短し歩けよ乙女
クワイエットルームにようこそ
中島らも (エッセイ)
中島らものたまらん人々
町田康 (エッセイ)
猫にかまけて
奥田英朗 (小説)
ララピポ
森見登美彦 (小説)
夜は短し歩けよ乙女
Sponsored Link